私が住んでいる東京から南南東約 1,000km の太平洋上に位置する小笠原諸島は、生物が独自の進化を遂げた生態系をもち、それが世界的な価値を持つと認められ、2011年6月に世界自然遺産に登録されました。
小笠原諸島のアマチュア無線局の局数はとても少なく、世界的に見ると珍局です。1968年に小笠原諸島がアメリカ合衆国から日本に返還される前は、KG6IG や KG6IJ のアメリカ人によるアマチュア無線局の運用が行われていましたが、返還後は、日本の JD1 のコールサインが割り当てられ、私も JD1BOO のコールサインで小笠原諸島(母島)で 1kW 出力の固定局の免許を受けました。(父島からの運用時のコールサインは JE1BQE/JD1 を使います。)
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[JD1BOO 情報]
・ QRA : 根日屋英之
・ 開局 : 2013年
・ QTH 東京都小笠原村母島
・ JCG#10007 / QL16BP
・ 免許された空中線電力 : 1kW [免許情報]
[謝辞] JD1BOO の開局では、JD1BHA 後藤OM に大変お世話になりました。ありがとうございました。
1970年代、私は、第2級アマチュア無線技士 (2アマ)でした。当時、50MHz での運用では、1アマ、2アマ 共に日本で免許される最大の送信電力は 50ワットで同じでした。現在は、1アマ(1000ワット)と 2アマ(200ワット)に電波法が改定されており、1アマを取得した JE1BQE は、HF帯で 1000ワット出力、50MHz で 500ワット出力、小笠原諸島の JD1BOO は、HF帯で 1000ワット出力、50MHz で 1000ワット出力の免許を受け、6m バンドの運用を楽しんでいます。6m バンド愛好家のクラブ SMIRK (Six Meter International Radio Klub) のメンバーにもなりました。
[海外移動運用は楽しい !] ちょっと気合を入れて行った 50MHz の海外移動運用は、1976年の小笠原諸島 (父島から、私のもう一つのコールサインのJA9QZH/JD1)と、1992年のサイパンからの運用 (KH0/JE1BQE)です。
サイパンからは4日間運用を行いましたが、50MHzバンドでは、運用開始日からの3日間は、ノイズのみで何も信号は聞こえませんでした。しかし、ミステリアスバンドの50MHzは、4日目に日本-サイパンのパスが開け、約200局と交信ができました。
還暦後の第2の人生では、韓国でいただいた免許 (HL3ZCG)、50MHz で 1kW の免許をいただいた JD1BOO (小笠原諸島 母島)、2025年に沖縄県で免許を受けたクラブ局 JR6YUH(アンプレット琉球ハムクラブ)からの移動運用を楽しみたいと思います。
レコード会社の CBS/SONY には、社長はじめ、多くのアマチュア無線家がおりました。私が通っていた大学は CBS/SONY の本社に近かったので、JA4EIQ(JL1EEF) 金弘さんにお誘いいただき、CBS/SONY アマチュア無線クラブ(JF1YID)の仲間に入れていただきました。(ギターにもはまっていた私はとても嬉しかったです。)
CBS/SONY を含めた SONY グループの社員にはアマチュア無線家も多く、大きなイベントとしてアクティブなメンバーが小笠原諸島 父島への DX Pedition を行いました。私(JE1BQE)は残念ながら参加ができなかったのですが、CBS/SONY アマチュア無線クラブの QSL カード(交信証)の発行を担当しました。